ボウヒニアのフラワーエッセンス

今から25年ほど前、私はアメリカで留学生として暮らしていました。

私が住んでいたロサンゼルスは「人種のるつぼ」と呼ばれ、世界中から人や文化が集まる場所でした。

 

あの頃は、インターネットも普及しておらず、当然スマホもありません。

そのため、必要な情報は本から得たり、人づてに聞くしかありませんでした。

日本の家族や友人との連絡は、もっぱらエアメールで、時々国際電話を使って両親と話しをしたのですが、通話料金が驚くほど高かったので、時間を気にしながら話していました。

今の生活から考えると、とても不便ですが、そんな時代でした。

 

最初の頃は、覚えなければいけないこと、ひとりで出来るようにならなければいけないことが山積みで、現地での暮らしに慣れることに、ただただ必死でした。

そして学校が始まり、なんとなく暮らしに慣れ始め、しばらくした時、あることに気づいたのです。

それは、自分がアジア人というマイノリティグループに属しているということです。

 

私は、日本の田舎で生まれ育ったので、高校を卒業するまで、学校にも近所にも日本人しか住んでいませんでした。

そのため、自分が日本人であるということを意識する機会もなければ、人と関わる時に人種を意識することもありませんでした。

 

けれども、多様なバックグラウンドを持つ人たちが集まる国で暮らすということは、肌の色や目の色、人種によって扱われ方が変わったり、差別の対象になりえるということ。

そして、アジア人というだけで、まったく知らない通りすがりの人から暴言を吐かれたり、お店などで酷い扱いを受ける対象になりえるということ。

この事実を、当時まだ18歳という若さだった私は、上手く受け止めることも、上手くやり過ごすこともできず、ただ傷つくだけでした。

 

日本人や他のアジアの国々出身の友達と話しても、どの子も私と似たような経験をしたことがあったので、きっとあの当時、アジア人であれば誰もが通る道だったのかもしれません。

けれども、この経験には痛みが伴い、私の中で「人種」というフィルターを通して認識される感覚が芽生えたのは確かです。

 

アメリカでの暮らしを始めてから2年が過ぎた頃、私の父が仕事の関係で、サンディエゴに来ることになりました。

そこは、当時私が住んでいた場所から、高速道路を使えば車で2時間ほどの距離でした。

父は英語がまったく話せないので、私が父に会いに行くほうが良いと思ったのですが、当時はカーナビなど無く、方向音痴な私は、ひとりで車を運転して父を迎えに行く自信がなかったため、アムトラックという電車を使うことにしました。

 

私は、電車に乗って無事にサンディエゴに到着し、父と再会できました。

父は3日ほど休暇が取れたので、私の暮らしぶりを見るために、そのまま私のアパートに向かうことになりました。

 

そのため、サンディエゴの駅でロサンゼルス行きの電車を待っていたのですが、いくら待ってもいっこうに電車が来ません。

アメリカでは、交通機関が時間通りでないことは珍しくないので、あまり気にせず待っていたのですが、予定の時刻より1時間半も過ぎたので、さすがに何かあったのではないかと心配し始めていました。

駅の構内に「途中の線路が故障した為、この駅に電車が来れなくなりました。最寄りの駅までシャトルバスを運行しますので、乗り場へ移動してください。」というアナウンスが流れました。

 

言われた場所へと移動すると、数台のバスが用意されていて、私と父はそのうちの一台に乗り込みました。

バスはすぐに満席になり、出発したのですが、しばらく進むと運転手さんの様子がどうもおかしくなりました。

どうやら道に迷ったようなのです。

 

バスの中の雰囲気が次第にピリピリし始め、目的地にいっこうに到着しないことに対するブーイングや、文句を言い始める人まで出てきました。

そのような状況で運転をすることは、誰にとってもストレスがかかるものです。

運転手の方は、「自分だってここら辺の地理には詳しくないんだ。」と反論をしながらも、運転を続けていました。

私は、運転手の方に同情しながらも「早くこのバスから降りたい」と、そう思っていました。

とても居心地が悪い時間でした。

 

そして、やっと目的地に到着しました。

 

と、その時です。

 

父が大きな声で、しかも日本語で「お疲れだったな!ありがとう!」と言うと、これまた大きな拍手を始めたのです。

 

乗客全員の視線が一瞬で、私たち親子に向けられました。

私は突然自分が置かれた状況にぎょっとし、バスに乗っているアジア人の乗客は私たち親子だけということに少し不安を感じました。

 

すると、ぱらぱらと拍手が始まったかとおもうと、すぐに乗客全員が拍手をし始めたのです。

運転手の方への感謝の言葉も聞こえてきました。

 

父は「無事に着いて良かったな!」と言いながら、ガハハと笑い、私の強ばった顔など気にも留めていませんでした。

 

私は、自分が人種差別を受け、傷ついた経験から、自分でも気づかないうちに随分と警戒しながら生きてしまっていました。

そして、初めて会う人には、私自身も「人種」というフィルターを通して相手を見るようになっていたことに気づいたのです。

 

世の中には様々な考えを持つ人がいて、自分と同じ価値観を持つ人ばかりではないことは、日本であっても同じです。

人種の違いという、目に見えて分かる違いは、他者との線引きの理由になりがちですが、その線を越え、目に見えない「心の領域」で分かり合える人たちも沢山いるということを、当時の私は知るべきでした。

「受け容れられない」と思うものを受け容れられた時、私の世界はもっと広がっていたと思うのです。

 

きっと、あの頃の私に必要だったフラワーエッセンスは「ボウヒニア」です。

これは、オーストラリアン・ブッシュ・フラワーエッセンスのエッセンスで、異国で新しい文化や習慣、自分とは異なる生き方に触れたときに、それらをストレスや脅威と感じる人のためのエッセンスです。

価値観の違いを理解し、偏見のない広い心で異なるものを受け容れることができるようにサポートしてくれます。

 

異国での生活に限らず、たとえ同じ国の文化の中で暮らしていても、知らず知らずのうちにお互いにレッテルを貼り、「偏見」というフィルターを通して、相手と接してしまうことがあります。

気に障る人や苦手な人がいる時に、ボウヒニアのフラワーエッセンスを取り入れると、「違い」を受け容れられるようになるので、人間関係が円滑になります。

 

ボウヒニアのフラワーエッセンスはトランジションピュリファイングメディテーションのコンビネーションボトルに含まれています。

 


トランジション

・行き詰まってしまった状態や方向性を見い出せない状態に

・死を恐れている状態に

・未知のことに対する不安、受け入れられない状態の時に

・変化の前にあって、それにうまく乗れていない時に

 


ピュリファイング

・感情面で疲弊している状態

・妨げられているように感じている状態

・情緒的な問題を抱えている方に

 


メディテーション

・ダメージを受けたオーラや霊的に消耗してしまっている状態に

・サイキックアタックを受けた時に

・瞑想がうまくできない方に

 


 

どの立場の「違い」も、平等に尊重されますように。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です