あなたが選ぶことでそれが・・・

うーん、困ったなぁと当時小学生だった私は独りごちた。

星座を観察する宿題が出ているのに、家のベランダからだと目の前にある木やら家などが邪魔で、先生から言われた星座がちっとも見えない。

父にそのことを話すと「もっとひらけた場所じゃないと無理だろ。よし、じゃあ総合グラウンドに行くぞ」とさっさと車のカギを手にしていた。

「え、今から行くの?」そう言いながらも思いがけない夜の外出のチャンスに私の心はわくわくしていた。

 

「子供はね、夜、外に出るもんじゃないよ。暗くなると外にはいろんなものがウロウロしているから」と祖母が話していたのを思い出す。

「いろんなものって?」と尋ねても「いろんなものはいろんなものだよ」としか教えてくれなかった。

だからというわけではないけれど、たとえば外食やなにか特別な用事がない限り、子供の頃夜に外出する機会はめったになかった。

 

総合グラウンドの駐車場はだだっ広く、ぽつぽつと規則正しく並んだ外灯が灯り、虫の鳴き声やもわっとする蒸し暑さが広がっていた。

日中は市民プールに泳ぎに来た人たちの車や自転車で賑わっているのに、夜の駐車場はがらんとしていて、暗闇がさらに強調されているように感じた。

祖母が話していた得体の知れない「いろんなもの」がどこからか突然出てきそうな錯覚に陥って私は怖くなった。

 

「おい、どの星座を見つければいいんだ」夜空を仰ぎながら父が言った。

えっとねと言いながら私は父の腕にぴったりとくっついた。

 

お父さんといれば大丈夫だ。

だってお父さんは強いから。

お父さんは体も大きくて力持ちで、お父さんなら必ず私を守ってくれる。

 

私は父のことを「男らしい人」と認識していたと思う。

きっと時代のせいもあったと思うし、私が育った環境が田舎だったということもあると思うけれど、「男は男らしく、女は女らしくあるべきだ」という価値観を私も子供なりに持っていた。

 

「お父さんは男の人だからご飯を沢山食べる」

「お母さんは女の人だから、外では仕事をせずに家で家族の世話をする」

「男の人は女の人より体が大きくて、力も強い」

「男ならめそめそするな」

「女は男から守ってもらわないといけない」

 

『男は男らしく、女は女らしく』

たとえば学校とか、家の中とか、親戚の集まりとか、公園で友達と遊ぶ時とか。

この言葉はまるで透明な薄い膜のように、私たちの何気ない日常に何気ない顔をしてぴったりと貼り付いていて、私はそのことを当然のこととして受け入れていた。

 

大学で友達になったM君は心と体の性別が同じではない人だった。

「ねえ、日本人でしょ?あたしもよ!よかったー、同じ日本人の子がいて。ねえ、仲良くしてね。お互い助け合っていこうねー」とクラスの初日に話しかけられたのが仲良くなったきっかけだった。

英語が上達しないから日本人とは仲良くしないという考えの子もちらほらいたけれど、私は断然『日本人と仲良くする派』だった。

自分の英語力にはまったく自信が持てなかったし、同じクラスに日本人の友達がいるなんて、自分の母国語で話せる相手がいるなんて、こんなに心強いことはないといつも思っていた。

だから新しい学期の授業が始まって、初めて取るクラスに行ってみると日本人が見当たらずハラハラしていた時にM君が話しかけてくれて心底ほっとした。

M君は料理が得意で、涙もろくて、イケメンアンテナをいつも張り巡らせていて、提出期限までにレポートの課題が終わりそうもないとよく電話をかけてきた。

「ねえ、どこまで進んだ?あとどれくらい?あたし全然終わりそうにないの。今からあんたんち行くから一緒に徹夜しよう。勝手に寝ないで待っててよ!」

一方的に電話を切ると夜中に家にやって来た。

M君は生まれ持った体は男の子だったけど、心は女の子で、私が持っていた『男は男らしく、女は女らしく』の価値観にまったく当てはまらなかったけど、私は彼のことをひとりの人として、ひとりの友人として好きだった。

 

「あたしはさぁ、日本には帰れない」ある時、M君がそう言った。

私が「大学を卒業したらすぐに日本に帰るんだ。そしてコンビニも満喫するし、人種差別からも解放されるし、本屋に行って好きなだけ日本語の本も買うし、日本人の親切さも噛みしめるんだ」と話したあとのことだった。

「あんたはさ、日本に帰って、就職して、結婚して、きっと子供も産むんでしょ。でもあたしはそんな人生歩めないもの。あたしって親が年取ってできた子なの。だからあたしがこんなだって、年取った親にむかって口が裂けても言えないよ。あたしなんかが日本でうまく生きていけるわけないのよ」

マルボロメンソールの煙を吐き出しながらM君はそう言った。

 

M君は『あんたなんか』と言われていいような人間じゃない。

だから自分のことをそんなふうに言うのはやめなよ。

そう言おうと思ったけど、やめた。

その代わりに「ふぅん、そっか」と私は言った。

どんな言葉を私が選ぼうと、けっきょくM君を傷つけるだろうと思ったから。

 

いや、ちがう。

 

『男は男らしく、女は女らしく』

どんなに上手く隠したと思っても、私に貼り付いているこの価値観がM君にも透けて見えているのかもしれないという後ろめたさがあったからだ。

だから「もっともらしい」ことを言うのが躊躇われたのだ。

 

『あなたが選ぶことでそれが正解になる』

最近ドラッグストアで目に留まったキャッチコピー。

私はあの時、この言葉を彼に伝えることができれば良かったのかもしれないと思った。

『男は男らしく、女は女らしく』 私はもうこの価値観を信じてはいない。

私たちひとりひとりが、それぞれの運命を生きるなかで、だれの人生も「男だから」「女だから」と簡単に仕分けできるものではないということがわかったから。

 

年を重ねるごとに疎遠になってしまったM君は今頃どうしているのだろう。

イケメンで優しいパートナーと幸せに暮らしていると良いなと勝手に思う。

 

 

くるみフラワーエッセンス(シャンドゥルール)

硬い殻で身を守っているくるみの姿のように、周りの影響から私たちを守り、変化の波に乗れるように助けてくれます。過去のしがらみから抜け出し、周りの影響を受けずに自分の意思で進む道を決めることができるようになります。

 

アルパインアゼリア(アラスカンエッセンス)

「自分を受け入れる」ことをサポートするエッセンス。容姿、性格など、自分の一部分を受け入れられない人に役立ち、自分を受け入れて自然と自信を持てるように働きかけます。その結果、他人も受け入れられるようになり、異なる才能の人と協調して物事に挑めます。*1

 

ブルーベリーポルン(アラスカンエッセンス)

ブルーベリーの花粉から作られるエッセンスで、心の深いところへ強く働きかけます。人がこれまで信じてきたこと、こだわってきたことから解放されたいときに後押しし、本当の「豊かさ」を得られるようにサポート。その結果、自分の望んでいる新しいエネルギーの流れにつながりやすくします。*2

 


引用:

*1 2010年 株式会社河出書房新社 中村裕恵

『医師が教えるフラワーエッセンスバイブル』87ページ

*2 2010年 株式会社河出書房新社 中村裕恵

『医師が教えるフラワーエッセンスバイブル』89ページ