アドルのエッセンス
娘と一緒に並んで歩く。
いつの頃からか、私と同じ高さに目線がある。
小さい頃のようにもう手は繋がないし、「気をつけて、危ないよ」と心配することもない。
私がいても、いなくても、きちんとひとりで歩けるほど、いつの間にか大きくなってしまったから。
柔軟剤の香りと、お菓子の甘い匂いと、くせ毛でクルクルと巻いたやわらかい髪の毛と。
小さな娘を抱きしめながら「世界で一番大好きだよ」と伝える。
「こーんなに、こーんなに大好きだよ」と細い両腕を大きく広げながら娘が抱きついてくる。
大きくなった娘に「大好きだよ」と伝える。
娘は気まずそうな表情を浮かべながら「ありがと」とこたえる。
それでも私は「大好きだよ」と伝え続ける。
だってこの世界は、言葉にしないと伝わらないことだらけだと思うから。
買い出しの帰り道、沢山の食材や日用品が詰まった袋のいくつかを「持つよ」と大きくなった娘が掴んで運んでくれる。
「じゃあ、軽い袋にしなさい」と私が言っても「大丈夫、大丈夫」と娘が言う。
重たいものは全部私が持つのに。
重たいものは全部私に任せて、あなたはただ前に進めばいいのに。
きっとあなたもわかる日が来る。
自分よりも大切な存在って、たしかに存在するものなのよ。
中学生の頃から反抗期が始まり、高校生の頃の私はとてもギスギスしていました。
お父さんはいつも偉そうで嫌い。
お母さんはほっといてくれないから嫌い。
弟は好きだけどとりあえず嫌い。
いとこはいつもキラキラしてちやほやされているから嫌い。
家族とか親戚のなかで唯一好きなのはおばあちゃんだけ。
家の中では「は?」とか「べつに」とか「うるさい」しか発しなかった私の心の中は、とても暗くて、不満だらけで、そしてとても悲しかったんだと思います。
当時は何がそんなに不満で、何にそんなに怒っていたのか自分でもよく理由がわかっていませんでしたが、今振り返ってみると「私は愛されていない」と、そう誤解していたのだと思います。
「理想の愛情のかたち」以外のものは愛情ではないと、そう思っていたのだと思います。
暖かくて快適に過ごせる家があって、三食おいしいご飯を毎日食べられて、学校に通えて、習い事もできて、毎朝お弁当を作ってもらって、必要な物は全部買い与えてもらって。
たしかにお金で愛情は買えないけれど、愛情がすがたを変えて、お金や物になることもあると、今なら思います。
それなのに、「べつに親の世話にはなっていないし」と呆れるほどの未熟さを撒き散らしながら10代を過ごしました。
高校を卒業してすぐにアメリカに留学しました。
べつに家族と離れることなんか寂しくないと思っていました。
それにも関わらず、両親はパスポートや学生ビザや保険やらを揃えてくれて、ろくに英語も話せないのに行くのだからと、現地での学校の手続きやホームステイ先を探すのを手伝ってくれる日本人の人まで見つけてくれていました。
この日本人の方が飛行機のチケットを手配してくれて、アメリカに着いた時には空港まで迎えに来てくれることになっていました。
初めて一人で乗った飛行機の行き先が海外だなんて。
結局機内では、緊張のため一睡も出来ないまま目的地に着いてしまいました。
人の流れにのりながら、到着ロビーに出ると、日本とは違う香りがもわっと鼻先を漂いました。
さまざまな人種の人たちが、家族や友人や知り合いの到着を待っています。
私はさっと、迎えに来てくれる日本人の方の姿を探しました。
一度日本で会ったことがあるので、顔や背格好はわかるのですが、それらしき人は見当たりませんでした。
おかしいなと思いながらも、そのうち来るだろうとあまり深く考えてはいませんでした。
ひとり、ふたりと次第に人がいなくなり、ロビーに立っているのは私だけになりました。
「え、こんな事ってある?」と思いながらも、とりあえずベンチに座って待つことにしました。
一時間半が経っても誰も迎えに来てくれません。
これは大変なことになったと思いました。
ろくに英語が話せない上に、迎えの人がいるからとあまり現金も持っていなかったからです。
とりあえず、お母さんに電話をしようと思いました。
けれども、公衆電話からどうやって国際電話を掛ければいいのかわかりません。
勇気を出してカウンターにいたグランドスタッフの方に訊いてみることにしました。
「エクスキューズミー、アイ ウォント トゥー コール ジャパン」
自分の中にあったすべてを絞り出して言えたのがこれだけでした。
グランドスタッフの方はとても親切でペラペラペラペラと教えてくれたのですが、私にはまったく理解できませんでした。
呆然とただ立ち尽くす私を放っておけないと思ったのでしょう。
少し前から近くに座っていた中国人のおじさんが話しかけてくれました。
ここでもまた私は「アイ ウォント トゥー コール ジャパン」と繰り返すだけです。
おじさんは「わかった、わかった」と小銭まで両替してきてくれて、日本に電話をかけるのを手伝ってくれました。
すぐに母が電話口に出ました。
「無事着いたの?大丈夫だった?」
という母の声を聞いた途端、張り詰めていた糸がパンと切れて、気づいたら「おかっ おかっ おかあさーん」とまともに話せないほど泣きじゃくっていました。
みっともない。18にもなって公衆の面前で泣くなんて。あんなに反抗していたくせに。
親の世話になんかなっていないんじゃなかったの?
あの時の自分を思い出すと、そう言いたくなります。
けれども母はそんな事は言わず、「わかった。お母さんがなんとかするから大丈夫。10分後にまた電話を掛けてきなさい」と言うと電話を切りました。
結局その日本人の方との連絡が取れて、違うエアラインの到着ロビーで待っていたことが分かりました。
「全然出て来ないんだもん。あー、これは日にちを間違えたかと思って、一度家に帰ったんだよ」と笑いながら話す彼には、脱力してしまいました。
でもおかげで、
「お母さんがなんとかするから大丈夫」
この力強い愛情にずっと守られてきていたことに、やっと気づくことができました。
アドル(オーストラリアンブッシュフラワーエッセンス)は思春期の子供たちが必要とするエネルギーを持つコンビネーションエッセンスです。
10代によく経験する、怒りや帰属感の欠乏や反抗的な態度など、さまざまな問題に対応しています。
自己受容、コミュニケーション、人づきあいの技術、人間関係での調和、成熟、感情的安定と楽観的見方を高めてくれるエッセンスです。