家族のかたち
私たちは三人家族。
私と娘と息子の三人。
私たちがつくるこの家族のかたちは、きっときれいなかたちをしていない。
欠けている部分があることは誰の目にも明らかだし、きっと歪んで見えることもあるだろう。
息子がもうすぐで二歳になる頃のことだったと思います。
絵本を読み終わると、さあ、もう寝る時間だよと部屋の明かりを落とし、息子が寝つくまで私も一緒に布団で横になります。
なかなか寝てくれない時は、ママがもう寝ちゃってる!と思わせるように、目をつぶって大きめな寝息をわざと立ててみることもありました。
すーすーと小さな寝息が聞こえてくると、そっと布団から抜け出してリビングに行き、私の自由時間のはじまりです。
韓国のドラマを観る日もあれば、本を読んだり、延々とネットサーフィンをする日もありました。
その日の夜、私はとても疲れていて、目を閉じればうっかりそのまま朝まで寝てしまいそうでした。
だけど息子よりも私が先に寝てしまってはいけないと、なんとか睡魔と戦っていた、そんなときでした。
小さな手がトン、トン、とやさしく私の背中とたたき始めました。
「まま ねんね。ねんね どうじょ」
え?と思い、目を開けてみると、ぷにぷにとしたほっぺたを布団に押し付けた息子の顔が目の前にありました。
小さな手のひらがほんのりと体温を伝えながら、トン、トンと静かなリズムを刻む。
悲しかったわけではない。
ただ、思いがけず渡された小さな優しさが、私を懐かしく切ない気持ちにさせたから。
私が抱えていた寂しい気持ちを小さな手のひらが温めてくれたから。
だから気づいたら涙が頬を伝っていたのだと思う。
娘が小学一年生の頃は、住宅街で暮らしていて、近所に同じ学年の子供たちが沢山住んでいました。
六年生に率いられ、集団登校をする子供たちを見送ったあと、少しすると近所のお母さんたちがばらばらと集まり、コーヒーを飲みながらひたすらおしゃべりに花を咲かせました。
今日はわが家で、次の日は○○ちゃんちのお宅。
子供たちもそれぞれの家を行き来するものだから、玄関にカギをかけることもほとんどなくて。
学校から帰ってきた子供たちは、ランドセルを置くとすぐに公園に遊びに行ったり、だれかの家に集まって一緒に宿題をしたり、おやつを食べたり。
「そしたらもう今日はうちでご飯を食べて、お風呂も入っていけばいいよ。おばちゃんが、○○ちゃんのママにパジャマ持ってきてってLINEしとくね」
「はーい」
そんな会話が日々、さまざまな家でおこなわれ、うちの子もあそこの家の子も、みんな一緒に大きくなっていきました。
あの頃の私たちは、どんな家族のかたちをしていたのでしょう。
まだ三人家族ではなかったし、ほかの家族との境界線があやふやで、ごちゃごちゃとしていたけれど、私はそれが嫌いではありませんでした。
息子が四歳くらいの頃だったと思います。
お店でラッピングをしてもらうのを待っているあいだ、人懐っこい息子がお店の人と話していました。
お店の人はなにかの話の続きでお父さんのことを息子に訊きました。
「おとうさんは いないよ」
まるで「何歳ですか」と訊かれたから「四歳です」と答えただけのような声の調子の返答に、私はぎょっとし、お店の人もしまったという顔をしていました。
家に帰って、ちょうど遊びに来ていた両親にこの話をしたら、父は笑って「お前はもっと考えて物を言え」と息子の頭をぐしゃっと撫でました。
父の言葉の意味がまだよく分からなかった息子は、父がふざけていると思い「おじいちゃんなんか、こうしてやる」と言いながら父の背中をするするするとよじ登り、髪の毛を両手でぐじゃぐじゃぐじゃとしました。
「やめろ、少ない髪の毛がさらに抜けるじゃないか」と父は両手で息子を掴んで床にふんわりと降ろすと、キャーという息子の楽しげな声を聞きつけた娘も参加して、ふたりで父をやっつける遊びがはじまっていました。
よかった、笑い飛ばしてくれる人がそばにいて。
私の人生には大きなバッテンがついていて、その代償を子供たちにも背負わせている。
そんな私の考えを、ただ笑い飛ばしてくれるカラリとしたものを持っている人がそばにいてくれて。
「うちのお母さん、怒ったら恐いよって友達に話したら、ほかのうちのお母さんも恐くてね、こんなことがあったんだって」とあるとき娘が話していました。
それを聞いた私が「恐くないお母さんなんているわけないよ」と言うと、娘も「そうだね」と言って笑う。
だけど、子供たちにきつく言い過ぎたと反省する日もあって、そんなときは母に電話をして話を聞いてもらう。
「そんな言い方で、子供たちの心に伝わるわけがないじゃない」と言われ、本当にそのとおりだと思いながらも、また同じ失敗をする。
子供たちはどんどん背が伸びていって、私が知らない「若者の言葉」を使っていって、小さい頃のようにただ無邪気ではいられないことを知っていって、良い日もあれば、嫌な気持ちの日も経験していって。
まだ私が子供たちのことをギーギーと叱る日もあるけれど、彼らは確実に大きくなっていっている。
一緒にご飯を食べながら、食器を洗って拭いて片付けながら、洗濯物を畳みながら、「そういえばね」とその日の出来事を話し出す。
たわいのない話がほとんどで、お互いがお互いの話を聞いているようで聞いていない時も多くあるけれど、こんなふうに話しができる年齢まで大きくなったんだなとしみじみ思うときがある。
私たちの「家族のかたち」は、きれいに整った形をしてはいない。
欠けている部分もあるし、ときにはさまざまな人たちがこのかたちに加わり、なにも知らない人が見たらきっと不思議なかたちをしているのだろう。
だけどどの家族にもそれぞれの物語があると思う。
私は「正しい家族のかたち」を知らない。
ただ私が知っているのは、ともに笑って、泣いて、怒って、悲しんで、我慢して、励ましあって、傷つけあって、守りあって、大切にしあった時間だけ。
いっけん全く違うように見える、これらのどの時間も、根底に流れているものはいつも同じものだと思う。
私たちは、たとえば神さまとか、目には見えないなにか大いなるものによって縁を結ばれて家族となった。
だからたとえどのようにこのかたちが変わろうとも、私たちは私たちの毎日をただ積み重ねていけばいいと思う。
トラスト(ヒマラヤンフラワーエンハンサーズ)
人生を信頼することで、それが困難な体験であったとしても、貴重な学びを得て生きたものにすることができます。
人間関係においても、起こる全ては完璧であり、今この瞬間いるべき場所にいるのだと信頼することで、より高い次元での結びつきが可能となるのです。
このエッセンスは、全てには意味があり完璧なのだと、ありのままを信頼できるように助けてくれます。*1
引用:
*1 2021年 ネイチャーワールド株式会社
『大自然からの贈り物 目的別フラワーエッセンスハンドブック』 71ページ